セックスは人間の自然な営み、と説いた仏教もあった

仏教においても女性の姿は男を惑わせ、性欲のもととなると考えられていました。
煩悩の一つに数えられ、悟りを開く妨げになるとされていたのですが、密教においてはその欲望も人間が自然に持つものであり、決して邪なものではないと真逆とも言える教えがありました。

密教は何が違うの?

人々を教化するために広められた釈迦如来の教えを「顕教」と呼ぶのに対し、容易に姿を現さない大日如来が説く秘密の教えを「密教」と言います。
真言宗の開祖・空海は唐から密教を日本に持ち込みましたが、その特徴として性欲を全否定していないこと、男女の交合を恍惚の極致としてとらえていることなどがあります。 「理趣経」の冒頭には「妙適淸淨句是菩薩位(男女の交合による恍惚は清浄成る菩薩の境地である)」から始まる「十七清浄句」が見られます。
基本的に人間は穢れて邪な存在ではないという自性清浄思想によるもので、その中には性欲も含まれているというわけです。
しかし空海は、この教えが男女交合=成仏への道、と誤解されるのを恐れて真言密教僧の中でも限られた者にだけ伝えるという統制をかけました。

真言立川流を知っていますか?

真言立川流は「理趣経」を経典とし、性愛を司るとされる荼枳尼天(だきにてん)を拝する真言密教の一宗派です。
鎌倉時代に開かれ、南北朝時代にその完成を見たと言われています。
その教えの中心は、男女の交合によって大日如来と一つになるというもの。
女性を不浄のものとし、遠ざけた他の流派との決定的な違いはここにあります。 また、貴人の選ばれた髑髏に和合水(男女の精液と愛液を混ぜたもの)を塗り重ね、金箔や銀箔を貼り、呪符を内部に収めた髑髏本尊を建立する行の間は、真言を絶えず唱えながら性交し続けなくてはならなかったとか…。 現代のカルト教団も真っ青ですね。
一時は真言密教僧の9割が立川流であったというほど隆盛を極めましたが、これを危険視した真言宗総本山である高野山は弾圧を加えるようになりました。 立川流の僧は殺害され、経典は焼き払われ、後ろ盾であった後南朝の衰退とともに陰に追いやられたと言われています。
江戸時代に入ってついに断絶の憂き目を見るのですが、この特異な流派の教えは仏教各派に影響を及ぼし、現代にも貴重な資料として残っています。

セックスを奨励した仏教もあったとは驚きですね。
現代ではまず復活は見込めないでしょうが…。セックスを不浄なものととらえず、むしろ仏に近づく道とした教えは、かつての日本人にはすんなり呑み込めるものだったのかもしれません。

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