日本は古来セックス大国だった!・2

日本がもともとセックス大国で、性に寛容なお国柄だったとはにわかには信じがたいかもしれませんね。
しかし、日本史(教科書などでなく)をちょっとひもとけばすぐにわかることでしょう。
そもそも日本国からしてイザナギとイザナミの交合から生まれたとされているのですから…。しかも、この二人は夫婦神でしたが、同時に兄妹でもありました。 つまり日本の歴史は近親相姦から始まっている、とも言えるのです。

やんごとなき身分の方々も…

大日本帝国憲法において「現人神」とされ、敗戦後の「人間宣言」まで天皇は神に等しい存在とされ、崇め奉られる存在でした。
天皇の性生活など、冗談でも口にしてはならなかったのです。
しかし、歴代の天皇たちには性に関する人間くさいエピソードがたくさんあります。
古くは第12代・景行天皇。21人の妻・愛人と80人(!)の子どもがあったという絶倫ぶりです。その陵が有名な第16代・仁徳天皇はその好色ぶりで皇后の嫉妬がすごかったと古事記や日本書紀にも記録がありますし、21代雄略天皇は一晩に7回ということも珍しくなかったとか。
中でもすごいのが第65代・花山天皇で、この人は即位式の真っ最中に高御座(天皇の玉座)に好みの女官を引きずりこんでセックスしたという逸話が残っています。

武家はもちろんのこと

戦国時代になると身分の高い女性は政略結婚のための手駒として扱われ、決して恵まれた環境ではなかったようです。
敵に攻められれば自害するか殺されるか、美しければ敵方の武将の妾とされるといった運命でした。
その一方で女性は不浄のものとされ、産後30日は手を触れることも禁じられていたそうです。戦に出陣する3日前からはセックスも禁止。 かといって性欲は抑えきれませんから、戦国武将の多くは戦場に小姓を伴うようになったと言われています。
余談ですが、日本では男色も古くから盛んで、特に戦国時代以降は小姓の美しさを競う風潮もあったと言います。中には女性でなく、小姓で身を持ち崩した武将もいたとか…。

庶民ならなおさら

庶民にとってはセックスは大切な娯楽の一つでした。
セックスマニュアル本も数多く存在し、独身の男女や夫婦間では盛んに行われていたようです。
特に、処女や童貞にはまったくと言っていいほど価値はなく、結婚前に性経験があるからといって「お嫁に行けない」などということはありませんでした。
子ども(跡継ぎ)を生むことが嫁の大切な役割の一つだった時代には、知識と経験が備わっている女性はむしろ歓迎されたほどです。

ざっと俯瞰して見ても、日本の歴史においてセックスがタブーとされた時代はほとんどありません。 日本人が淡泊すぎると言われるようになったのはやはりここ数十年のことなのです。

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